成人の日に:Impossible is Nothing

今日は成人の日ですね。

昨晩遅く、出張先の駅に着いたとき、多くの若者達で賑わっていました。雪もちらつく、とても寒い夜に、白い息を吐きながら友人たちとつるんで歩いたり、甘酸っぱそうな距離感だったり。

なんとも幸せな光景だな、と思いつつ、一方で近しい関係の人たちを見ていると、いろんなことに距離をおいているようでちょっとじれったくもあります。物心ついた頃からの友人には気兼ねすることはない。でも、新しい環境に飛び込む勇気や、もっと言えばその手間や面倒を避けがち、というか。

失敗したくない。無駄な時間は過ごしたくない。
そんな感性が強いと思うのです。もうちょっと言えば、強い意志でそうしているのではなく、それが当たり前、共通の価値観になっているというか。

けれど、それで何を得られるのか。
学校で学ぶように、正しい考え方だけを見聞きして、その先に何が待っているのか。
決められた正解や最適解は、以前からあるもので、それをなぞるだけの人生にどんな意味があるのか。

「できない」「めんどくさい」「だるい」「意味ない」
そんなふうに、やる前から放り投げてあきらめるのではなく、一歩踏み込んで、挑戦してほしい。成人式を何十年も前に済ませた一人の先輩として、そういった挑戦の意味や価値を知っているから。そして、あなた達の時間をもっと有意義に、大切に使ってほしいと。

うまくいかなくても、いかなくても、恥ずかしい思いをしても、震えるような喜びがあっても、それらはあなたの糧になり、強さになり、あなたを形づくってくれるから。

Impossile is Nothing.
やらないための言い訳ではなく、できるようにするためのチャレンジを後押しするために、大好きなアリのメッセージを贈ります。
(2004年ごろのadidasのキャンペーンコピー)

祝成人。
お互いのチャレンジで、もっとこの世の中を楽しく面白く変えていこう。

Some people listen to themselves, rather than listen to what others say. These people don’t come along very often, but when they do, they remind us that once you set out on a path even though critics may doubt you, it’s okay to believe there is no can’t, won’t or impossible. They remind us that it’s okay to believe.

Impossible is just a big word thrown around by small men who find it easier to live in the world they’ve been given than to explore the power they have to change it. Impossible is not a fact. It’s an opinion. Impossible is not a declaration. It’s a dare. Impossible is potential. Impossible is temporary.

Impossible is nothing.

他人の声に従うのではなく、自分の声に従う人がいる。
そういう人は、めったに現れない。
だが、現れたとき世界は思い出す。

批判されてもいい。疑われてもいい。
いったん自分の道を歩き出したなら、
「できない」「やらない」「無理だ」など、信じなくていい。
信じていいのは、自分の決意だ。

「不可能」とは、自らの力で世界を切り拓くことを放棄した臆病者の言葉だ。
「不可能」とは、現状に甘んじるための言い訳にすぎない。
「不可能」とは、事実ですらなく、単なる先入観だ。
「不可能」とは、誰かに決めつけられることではない。
「不可能」とは、通過点だ。
「不可能」なんて、ありえない。

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